shu-maiとは。

とにかく、毎週住宅をつくります. (もちろん用事があれば、休んで結構!)

といっても、本格的な物じゃなくて、毎週テーマを決めて、簡単な模型・図面を用意し、みんなで話し合い、それぞれの作品を評価しあいます.「うんちくより、形をつくれ.」この会の目的は、物を造ること.毎週、なんかつくっていると気づけば部屋の中は模型だらけ、一年続ければ模型50個、4年間もやってたら200個.素晴らしいでしょ.



場所:広島工業大学 新3号館 425号室 村上研究室

時間:毎週 月曜日17時から (可能なかぎり参加希望者全員が出席できるようにしています)




2010年4月19日月曜日

お題「人と○○の家」


今日は「人と○○の家」というお題でシューマイをしました!!

参加者は入口、佐伯、吉田、上田、福島、寺地、坂本、山下、山根、広瀬でした。

徐々に参加数が増えてきてうれしい限りです。


前回、コメントの方で1作品ずつ写真を掲載してほしいとの話がありましたので、今日は1作品ずつのせていきたいと思いまーす。




山根案…「人と趣味の家」 趣味を共有する人々が住む家。




吉田案…「人と闇の家」 光と闇を再認識する家。


寺地案…「人と超現実主義の家」 スケールを消失する家。




浜本案…「人と植物の家」 木の部屋がある家



福島案…「人と野生動物の家」 人と動物が程よい距離間で住まう家。



入口案…「人と都市の家」 カーテンによって人と都市の間にグラデーションを生む。




佐伯案…「人と本の家」 人の個性から住宅の個性を考える家。



山下案…「人と花の家」 花が大好きな家。

上田案…「人と車の家」 車によって空間を分けていく案。


参加者が多いと一つ一つ乗せるのも大変だー。


来週は4月26日でお題は「無駄の家」!!


無駄使いしましょいー。


7 件のコメント:

  1. 今日も楽しくShu-mai参加できました♪
    課題が始まったので参加できなくなることがあるかもしれませんが
    できる限り参加していきたいと思います!!!

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  2. 入口案について
    カーテンでサンドされた連続する複数の場所。そこに壁orガラスではできなかった微妙な差異を描いたわけですか?

    あなたのお考えをおしえていただきたい。

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  3. スケールを消失するのがイイと思いました
    でも、野生動物にエサをあげるのもいいなあ

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  4. >山下さん
     やっぱり人が多いと楽しいね!卒業までに何作品できるかな!?

    >匿名さん
     引き続いてのコメントありがとうございます。
     
     それにしても、突っ込んだ質問してきますねー笑
     ここで僕が、考えたのは、空間を分けるのに強くないもの、簡易的なものにしたかったんです。例えば、壁(に開口を開けたもの)やガラスにしてしまうと、視覚的なもの以外は、ほとんど遮ってしまうじゃないですか?何かもっと都市からの音とか空間の動線(使われ方)をぼんやりと繋げたかったんです。
    ここでの空間の動線(使われ方)っていうが、まず、1階のプランが前面道路から、テラス・ゲストスペース・リビング・ダイニングキッチンになっているんですけど、例えば友達が大人数きて招く時とかはテラスやゲストスペース・リビングのカーテンを開けて大きな空間として用意することができます。
    そういった時の使われ方ってドメスティックよりももっと都市に近いと思うんです。それと同時に、カーテンを開けるから必然的に空間のレイヤーも薄くなって都市に対しての透明度が増してくる。
    もちろん、逆にもっとドメスティックな使い方をしている時には、カーテンを閉めていくのでレイヤーも増し、都市に対して透明度が下がってきます。
    まぁ、場所によってカーテンの透明度を変えってった方がいいとは思いましたけど、ここではそこまで考えきれてません。
    あと、これは某コンペの案として考えているんですけど、家族構成に小型犬がいるんです。だったら、小型犬の動線も壁やガラスで仕切るよりもカーテンで潜れるぐらいにしておいた方が楽しそうだなーと(笑)

    長文になりましたが、少しは質問の答えとなったでしょうか?

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  5. 入口さん、解説ありがとうございます。

    ここで中村拓志を評価するわけではないですが、最近出版された『微視的設計論』INAX出版(中村拓志)の中で、「気配」について触れています。それは、捉えどころのない振動、あるいは波動です。特に波動を可視化するモノとしてカーテンは有効です。
    そういう敏感で身体的な「モノ(カーテン他)」がインテリアだけでなく、内外のインタフェースに使える日が来たら伊東さんを越えられるかもしれません。
    少なくともそれを「折りたたまれた空間」でやろうとしたのが巨匠ライトであり、現代では平田さん他多数の建築学生ではないかと僕は診ています。

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  6. >匿名さん
    貴重な観点でのお話ありがとうございます。

    すごく感覚的な事かもしれませんが、例えば小さい頃にかくれんぼとかで窓についてるカーテンとかに包まって隠れている時って妙に居心地が良かったりしますよね。それって、自分を囲った場所がその外とすごくギリギリの状態にあるからなのかなーって思うんです。絶対的な他者との中で自分の場所っていうのをギリギリの状態だからこそ確かに実感できるというか。

    話は変わって、あの本のシリーズって結構面白いですよね。それぞれの建築家の色が出てる感じで。僕的にはN氏のは期待した割にはちょっとびみょかったですけど笑
    それにしても、最近インパクトのある漢字のタイトルの本が多い気がするのは気のせいか・・・

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  7. 入口さんの原体験の一つであろう「ギリギリの状態」を演出したモノがカーテンだったんですね。
    おそらく空間の質の変化に敏感なんだと思うんです。それは空間適応力に直結する。建築をする者の長所はその一点につきるといって良い。だからこそ建築をしない者へ伝える必要があるわけです。宿命なのでしょう。

    N氏とは最近P賞受賞された方でしょうか。
    インパクトのある漢字が多いというのは共感です。言葉はあらゆる分野の共有物ですからミックスチャーされやすい。

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